わたしのこと

はじめまして。

「街角ワンダーランドのわたし」です。

この度、わたしのブログ「街角ワンダーランド」の番外編として、新しいサイトをはじめました。

題して「どうしたらそんな大人になれるの?」

わたしは2017年、38歳にしてはじめて親になったアラフォーおばさんです。
それまではあんな仕事したりこんな仕事したり、まあ仕事をしていました。

飽きっぽいわりに常に目標を設定しそれに向かって脇目をふりたくないタイプで、時間を成果につぎ込めないことやものごとが計画通り進まないことが結構なストレスになってしまう気質でした。

そして。

育児はがんばってもがんばっても「みんなやってる普通のこと」でしかなかったり、わたしにとっては、かけた時間に対して成果が感じられなかったり、成果どころかむしろ後退してるとすら感じたりする大変根気のいる仕事でした。

ましてや体力のほぼ全てを子どもとの時間にとられ、家事も仕事も人付き合いもなにもかもが疎かになると自分が社会から抹殺されていくような気分にすらなるのでした。

わたし
わたし

わたしがあんなに求めていた「成果」ってなんだったのだろう・・・

わたし
わたし

ていうか。

わたし
わたし

育児における「成果」があるとしたら、それは一体なんなんだろう・・・

と考えたとき、それはわが子が学校で優秀な成績をおさめることでもなく、英語ペラペラになることでもなく、スポーツや音楽に秀でることでもなく、稼げる仕事につくことでもないような気がしました。

例えば、子どもが大人になり爺ちゃんになったとき「ああ満足な人生じゃはっはっは」と思ったとしたらその「ああ満足な人生じゃはっはっは」という「気分」こそが成果なんじゃないかな、と思うようになりました。

わたし
わたし

気分って!

わたし
わたし

そんなん目に見えないし!

わたし
わたし

わたし、きっと死んでるし!

となると、かけた時間や努力に対しその成果を知ることは親にはできないわけで、親が育児に関してなんらかの成果を感じることって実はけっこう難しいことなんじゃないかと思うわけです。

そこで、「立っちができた!」「今めっちゃ大人っぽい発言した!」「こんなに身長が伸びた!」と驚きよろこべる短期的な成果に注目して楽しく日々を充実させてはいくのですが、やはり根本的なところで、親もいなくなった頃のずっと先の子どもの未来がなんだか楽しくてうれしくていい気分であってほしいという願いは変わりません。

爺ちゃんになった子どもの満足感に親が関与できるのは人生の最初の最初、期間の長さでいえばきっとほんの少しです。

とはいえ、遊びや対人関係や何かに取り組むとき、その姿勢やものごとの考え方について子どもの頃の経験が関与し、その後の人生にも影響しそうな気配も大いに感じます。

何かできることがあるんじゃないの?
わたしは責任重大な過ちを犯しているんじゃないの?
今の言葉がけ間違ってなかった??

という不安や迷いがいつもあります。

そこで。

親である「わたし」自身が、とにかく

わたし
わたし

大好き。

わたし
わたし

かっこいい。

わたし
わたし

うらやましいいい!!

と思う、大人に訊いてみることにしました。

「大好き」で「かっこいい」ひとって結構いますよね。「尊敬する」とか。
しかしそれに加えて、このひとの人生を生きてみたい、と思うほどの「うらやましい」となると案外少なくなりませんか。

そんな方々に、子どものころのこと、身近にいたひとのことや家のこと、周辺の環境のこと、そして現在のお仕事や人生のことを訊いてみたいと思いました。

スゴイひとの生い立ちはやはり特殊でだったりわたしの理解が及ばない点もあると予想しますが、子育て当事者の親側ではなく子ども側から考えてみたい、と考えはじめてみることにしました。

 

 

2020年
街角ワンダーランドのわたし

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました